息子ブログ2 オープン時の思ひで
いつもリトル・アンをご愛顧いただきありがとうございます。
リトル・アンが2003年8月にオープンしたのは前回のブログに書きましたが、
その頃、私息子はインドネシアにいました。
1月から9月までの長期出張だったのですが、その間に
・新しく家を建てた
・その家の一部でケーキ屋をやる
と国際電話がありました。
・・・ケーキ屋?・・・ケーキ屋!?・・・まぢでケーキ屋やるんですか!!
まじですか!!!本当に?
と私息子は朝ドラの主人公の如く、目を丸めてびっくりしました。
店主である母は以前から自宅でケーキやクッキーを焼いていました。
母親の友人、知人にとても評判がよく、
「お店やってみたら」と度々言われていたのですが、
まさか本当に開店してしまうとは!
インドネシアからシンガポール経由で福岡空港に帰国し、
JR城野駅に到着したところで新しい実家に電話を掛けました。
母が急いで駅まで迎えにきたのですが、その時の母親の恥ずかしいのか、
にやけているのか何とも言えない表情だったのを私息子は一生忘れません。
歩いている途中、
「すっごいいい家になったよ」と母
「でしょうね」と私
母親のこだわりっぷりを熟知している私は
なんとなくこんな感じなんだろうな、と想像していたのですが、
「はい、着いた」
と言われたところに佇むその家は、私息子の想像の斜め上を行っておりました。
・・・すげーなこの家
「アメリカンカントリーね」と得意げな母
玄関を上がり家全体を紹介してくれたのですが、私息子は
『劇的ビフォーアフター』で匠にリフォームしてもらった家族のような
リアクションだった事は言うまでもありません。
細部にまでこだわりを尽くした非常に母親らしい家でした。
曰く、コーディネーターが非常に「できる」方だったようです。
やはり人生において、「できる人との出会い」が
その後の人生を左右する事を実感した出来事でした。
「で、お店の名前は何にしたの?」と私息子が聞くと
「リトル・アンよ」と母は言いました。
そう、店主である母は『赤毛のアン』の大ファンだったのです。
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